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広島高等裁判所 昭和46年(行ス)6号 決定 1971年12月09日

抗告人 平基学

相手方 広島入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 片山邦宏 外三名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

抗告人の本件抗告の趣旨と理由は、別紙抗告状および即時抗告理由補充書記載のとおりであり、これに対する相手方の答弁は、別紙反論書記載のとおりである。

相手方の本件執行停止の申立については、当裁判所もこれを認容すべきものと判定した。その理由は、次の一と二に記載のとおり附加するほかは、原決定理由に記載のとおりであるから、これを引用する。

一、抗告の理由一について。

相手方の本件本案の主張については、これを理由がないものとみえると軽々しく断定できないことは、原判定の説示するとおりである。

抗告人の所論のとおり、相手方の不法入国の事実が認められ、法務大臣および抗告人において相手方の意見、弁解を聞き、不服申立の機会を与え、十全の審理を尽した上で、異議申立に対する裁決および本件退去強制令書発付処分がなされ、また、法務大臣および抗告人が右裁決および右処分を適法と信じているとしても、それは、手続面のことか、行政主体の主観にすぎず、右処分自体の実体的かしの存否にはかかわりがなく、したがつて、直ちに、右処分に取り消しうる実体上の違法があるとの相手方の本案の主張が理由がないとみえることにはならない。

抗告人の前記主張は理由がない。

二、抗告の理由二および即時抗告理由補充書一ないし四について。

原審裁判所が本件処分中収容部分の執行により申立人に回復し難い損害を与えるおそれがあり、これを避けるため緊急の必要があるとの判断の前提として認定した事実は、一件記録から疎明され、右事実からすれば、仮放免制度の存在を考慮しても、なお、右判断は充分首肯できる。原決定は、措辞やや妥当でないきらいはあるが、相手方が昭和四六年一〇月一四日に同年一一月一三日午前一一時まで仮放免を受けた事実を認定しているから、収容継続中であることを前提として判断したものでないことは明らかである。

抗告代理人は、出入国管理行政の公益性との比較において執行停止の必要性が判定されなければならないと主張するが、行政事件訴訟法第二五条第三項の規定が、公共の福祉への影響を重大な場合に限り、しかも執行停止の消極的要件として定めているところに鑑み、たやすく右主張を理由があると言うことはできない。また、退去強制令書の執行後仮放免されても本案判決の言渡前に右仮放免を取消される可能性があるから、仮放免の制度があるからと言つて収容処分の執行停止の必要が減少する訳ではない。

抗告代理人は、本件執行停止によつて相手方は適法に入国在留する外国人よりも優遇される結果となり、入管行政における正義と均衡を根底から破壊すると主張するけれども、本件執行停止は本案判決確定に至るまでその効力を有するに過ぎないのみならず、行政事件訴訟法第二六条の定める執行停止の取消制度を活用することもできるのであるから、相手方はそれだけの負担を受ける訳であつて、これを無視する前記主張はたやすく採用できない。

更に、収容によつて相手方およびその家族が受ける精神的、物質的損害は、もともと不法入国という違法行為のうえに築かれたものであることを考慮しても、なお、行政事件訴訟法第二五条第二項の定める回復の困難な損害であると言うに妨げがないし、仮放免継続の可能性があるからと言つて、可能性に止まる限りは、収容処分の執行停止の必要性を排除するものではない。

抗告代理人の前記主張はいずれも理由がない。

そうしてみると、原決定は相当であつて本件抗告は理由がない。よつて、抗告費用の負担について民事訴訟法第八九条にしたがい、主文のとおり決定する。

(裁判官 松本冬樹 浜田治 野田殷稔)

抗告状

抗告の理由

相手方の本件執行停止の申立は、本案について理由がなく、また執行停止の緊急の必要性も認められないから、すべて失当として却下されるべきであるが、この点についての抗告人の主張は、原審における意見書に述べたところと同一であるから、ここにこれを援用するほか、次のとおり補足する。

一 原決定は、相手方がわが国へ不法入国した事実を認定しながら、本件退去強制令書発付処分(以下「本件処分」という。)の適法性についてにわかに断じ難く、いまだ「本案について理由がないとみえるとき」に当るとは断定できない旨判示している。

しかしながら、本件のごとく、不法入国の事実に争いがなく、しかも、相手方の意見、弁解を聞き、不服申立の機会を与える等、十全の審理を尽した上で本件処分をなしたものであり、かつその適法である所以をすべて明らかにしたのであるから、本件処分は現段階では本案に理由がないとみえるときに当ることが明白であつて、本件執行停止の申立は失当として却下されるべきである。

二 原決定は、相手方を収容することにによつて、相手方およびその家族に相当程度の損害を与えるおそれがあり、これが回復困難な損害であると判示している。原決定が本件処分につき、とりわけその収容部分についても執行を停止した理由は身体の拘束による精神的物質的損害のほかに、相手方がこれまでわが国で継続してきた社会および家庭上の生活関係を考慮したもののごとくである。

しかし、本件においては、以下に述べるとおり、相手方の収容についてまでもその執行を停止する緊急の必要性は認められない。

1 執行停止によつて一時的に収容されることがなくなつた場合には、収容されることによつて受ける精神的物質的損害は避け得るであろうが、この収容による損害が相手方にとつて回復困難な損害であつて、これを避けるために、収容部分についてまでの執行停止を要する必要性があるかどうかは、不法入国者に対する出入国管理行政の公益性との比較において判断されなければならない。

2 もし、原決定のように収容部分についても執行停止がなされると、相手方は何等の在留資格もなしに事実上我が国に在留することが認められる結果となる。しかも、その在留については何等の制限も付されていないのであるから、全く無制限に生活、行動できることになり、しかもそれは本案判法確定に至るまでであるから、長期化することも十分に予想されるところである。その結果がいかに不都合な結果を招来するものであるかは、仮放免によつて適法に在留する場合(出入国管理令五四条、五五条参照)と比較してみると明白となる。すなわち、仮放免の場合には、保証金を納付させ、住居および行動範囲の制限、呼出に対すゐ出頭の義務その他必要と認める条件を付すことによつて、身柄の確保、行動の監視ができるところである。そして、仮放免の期間は通常一月乃至二月とされ(仮放免を適当と認めるときは更新される)。期間中でも仮放免の条件に違反したときは取消されるものである。このように仮放免により適法に在留が認められた場合にすら、右のような制約が付されているのに、収容部分の執行停止がなされると、何等の在留資格がないのに何等の制約なしに在留することができる結果となる。

このように、収容部分の執行停止は、我が国をして不法入国者の天国たらしめるものである。このようなことは、出入国管理上由々しいことであり、公益を著しく害するものである。

3 他方、原決定は、収容部分の執行停止を認めないと相手方およびその家族に精神的、物質的に重大な損害を与えることとなると判示している。

けれども、原決定がいう精神的、物質的損害の内容をなすものは、もともと不法入国という違法な行為のうえに築かれたものであつて、それほど法的保護に値するものではない。のみならず、その損害についても、仮放免の手続を経ることによつて、回避する可能性があるところである。

4 このように、収容部分に対する執行停止により蒙る公益上の損害と、収容部分に対する執行停止が認められないことにより相手方が蒙る損害とを比較衡量するとき、未だ相手方に回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はないと解すべきである。

即時抗告理由補充書

一 原決定は、「収容部分が被収容者の自由を拘束するものであり、精神的苦痛を伴うものであることに照らすと、逃亡のおそれがある等収容を継続しなければ強制送還の執行が不能になるような特段の事情がない限り収容により相当程度の損害が考えられるときは「回復の困難な損害」が存するものといつて差支えない。そして本件の場合、申立人の現在の生活環境に照らせば収容を継続すべき特段の事情があるとは言えない。」と判示し、あたかも相手方が本件退去強制令書により収容されている状態にあることを前提として収容部分をも含めて執行停止決定をしている。

しかし、原審における意見書において既に述べたとおり、相手方に対しては、昭和四六年一〇月一三日退去強制令書を発付し、同日、広島入国管理事務所に収容したが、同日、相手方から「朝銀福岡信用組合の仮決算の残務整理のため」を理由とする仮放免の願出があり、翌一〇月一四日出入国管理令(以下「令」という。)五四条に基づき仮放免を許可しているのである。

すなわち、相手方は本件執行停止決定時においては収容されていなかつたものであり、原決定が認定するような収容に伴う回復困難な損害は、現実には存在しなかつたものである。したがつて、かりに回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるとしても、それは送還部分の停止をしておくのみで十分であり、仮放免が取り消されたとき、もしくは仮放免期間の延長が認められなかつた場合において、相手方においてあらためて収容部分の執行停止を求めれば足りるのであつて、あらかじめ収容部分をも含む執行停止をする緊急の必要性はないものといわなければならない。

二 原決定のように、収容部分の執行をも停止される場合には、相手方は、出入国管理令による外国人としての管理を受けることなく、全く無制限に生活、行動することができることになるのみならず、このまま本案判決確定にいたるまでの相当長期間、相手方に対する出入国管理令上の管理の放置を余儀なくされることは、外国人に対し法定の在留資格なしに、事実上本邦に在留を認めたのと同じ結果を招来することになるのである。

このことは正規の手続により入国し、あるいは在留する外国人よりも退去強制令書の発付を受けた外国人の方が著しく優遇されることとなり、入管行政における正義と均衡を根底から破壊することを意味する。すなわち、正規の手続きにより入国する外国人は、在留資格のいずれかに該当しなければいつさい上陸を許可されず、(令四条)、さらに、上陸を許可された外国人も上陸の際に決定された在留在留資格および期間をもつて在留することになるのである(令一九条一項)。また、不法入国者がたとえ令五〇条一項の規定により法務大臣から在留を特別に許可される場合においても、在留資格と在留期間が定められ(令五〇条二項、令施行規則三七条)、令の規制に服するのである。ところが、相手方は退去強制令書を発付された者でありながら、収容部分の執行まで停止された結果、右に述べた令上の制約をまつたく受けることなく在留できることとなり、きわめて不当に有利な法的地位を享受する結果となるのである。

三 かりに、相手方に逃亡するおそれがない場合であつても退去を強制される者の身柄の措置については、出入国管理令上仮放免という制度が存するのであるから、本件退去強制令書の執行のうち収容部分についてまでその執行を停止する緊急の必要性はない。

すなわち、退去強制令書の発付を受けた者は、令五二条三項の規定からも明らかなとおり、すみやかに本邦外に送還されることになつているが、この場合退去強制を受ける者を直ちに本邦外に送還することができないときは、送還可能のときまで入国者収容所等に収容することになる。(令五二条五項)。また、退去強制令書の発付を受けて収容されている者などから仮放免の請求があつた場合には、入国者収容所長または主任審査官は、その者を仮放免することができるが、その場合には、退去強制令書の発付を受けて収容されている者の情状および仮放免の請求の理由となる証拠ならびにその者の性格、資産等を考慮して、三〇万円をこえない範囲内で保証金を納付させ、かつ、住居および行動範囲の制限、呼び出しに対する出頭の義務、その他必要と認める条件を付すのである(令五四条一、二項)。仮放免中に逃亡した場合はもちろん、逃亡すると疑うに足りる相当の理由があり、正当な理由がなくて呼び出しに応じないとき、その他仮放免に付された条件に違反したときは、仮放免を取り消すこととなるのである(令五五条一項)。

もともと相手方のような不法入国者は、出入国管理行政の基本的秩序を破壊したものであるにもかかわらず、これが右に述べた仮放免の規制の対象ともならないまま事実上在留する状態は、外国人の公正な管理を目的とする出入国管理令が予想しないことであり、出入国管理の目的に反し出入国管理行政上看過しえないことといわなければならない。

以上のとおり、退去強制令書の収容部分についても執行停止をするには、送還部分についての執行停止と異なつた観点から、その必要性を判断しなければならないのである。原決定はこの点において明らかに判断を誤つている。

四 次に原決定は、「相手方が慢性癒着性虫垂炎の病症があり、現在も生活を規正し長期加療のうえ経過を観察する必要がある。」と判示するが、相手方が本件退去強制手続中において右病症の事実を述べたとこもないうえ、これまで朝銀広島信用組合および同福岡信用組合の役員としてその職務を果してきたものであり、しかも、現に昭和四六年一〇月一三日仮放免の許可願出に際しても、前述のとおり願出の理由を「朝銀福岡信用組合における仮決算の残務整理」としたのみで、病気を理由とするものではなく、(疎乙第八号証参照)、したがつて、仮放免許可も右趣旨に沿つてなされたものである(疎乙第九号証参照)。

右のように相手方の病気の事実については、本件執行停止申立においてはじめて明らかにされたものであるが、相手方において、仮放免の願出にあたつてさらに病気の事実をも理由とされているのであれば、当然にその許否にあたつて判断されたものである。したがつて、かりに、本件において相手方の仮放免期限である昭和四六年一一月一三日までに病気を理由に仮放免期間の延長願出がなされ、仮放免の必要性が認められれば、たとえ当初の仮放免理由が消滅していても、引き続き仮放免許可が継続されることも可能なのであるから、収容によつて相手方に不測の事態をひき起すおそれはないものというべきである。

<別紙反論書省略>

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